大判例

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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)4820号 判決

原告

株式会社鉄谷商店

右代表者

鉄谷豊二

右訴訟代理人

小林多計士

外一名

被告

稲畑産業株式会社

右代表者

稲畑勝雄

右訴訟代理人

布井要一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が工業用薬品類の販売を業とするものであること、原告(但し、正確には昭和一三年頃の契約については原告の前身である合資会社鉄谷商店)が、被告との間に、昭和一三年頃訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンについて、また、昭和四〇年頃右訴外会社製造にかかるマビコ酸化鉄について、それぞれ継続的な商品売買取引契約を締結し、右契約に基づき、被告から継続的に右クロノスチタン及びマビコ酸化鉄の供給を受けてこれを買受けていたこと、被告が、昭和五〇年八月四日、原告に対し、右各商品の継続的売買取引契約を解除する旨の意思表示をなし、以後右各商品を原告に売却しなくなつたこと、以上の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで次に、被告のなした本件各商品の継続的な売買取引契約解除の意思表示が有効であるか否かについて判断する。

1、〈証拠〉を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、

(イ)、原告の前身である合資会社鉄谷商店と被告とは、昭和一三年八月二四日、訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタン(チタン白顔料)の継続的な売買取引契約を結び、以後合資会社鉄谷商店は、その販売取次店として、被告から継続的に、右クロノスチタンを買受けてこれをさらに他に販売していたこと、

(ロ)、ところで、原被告間の右継続的な売買取引契約には次のような特約があつたこと、すなわち、(1)、合資会社鉄谷商店は、専ら訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンの販売に努力し、右チタン工業株式会社以外の他社の製造にかかる同種の製品(酸化チタン)の販売又は仲介を絶対にしない(乙第二号証の契約書三条参照)、(2)、他方、被告の販売にかかる右クロノスチタンの取次販売店は、合資会社鉄谷商店外五店とし、被告が必要があると認めた場合にのみ、右以外の順次販売店を設けることができる(前同契約書二条参照)、(3)、合資会社鉄谷商店において右契約に違反する行為があつた場合には、被告は、催告なしに何時でも本契約を解除することができる(前同契約書九条参照)、(4)、本契約の有効期間は一年とし、期間満了後も双方異議のない場合は、更新することができる(前同契約書一〇条参照)、等の特約があつたこと、

(ハ)、その後、右契約は更新され、また、合資会社鉄谷商店は、組織変更により、現在の株式会社鉄谷商店すなわち原告となり、以後、原告が、引続き被告との従前の右契約関係をそのまま続け、被告とクロノスチタンの売買取引を継続していたこと、

(ニ)、そして、昭和二五年に至り、原被告間において、乙第二号証の契約書を作成してから相当の期間が経過したことなどから、本件クロノスチタンの継続的な売買取引に関し、新しく契約書を作り直すことになり、昭和二五年一二月四日付をもつて、乙第一号証の一の契約書が作成されたところ、右乙第一号証の一の契約書は、乙第二号証の契約書にくらべ、取次販売店を従前の六店から七店に増加した外(乙第一号証の一の契約書二条参照)、代金の支払方法や(前同契約書五条参照)、最高販売値段の取りきめ(前同契約書六条参照)販売報告の提出等(前同契約書七条参照)等に関し、一部手直をしたが、それ以外は、乙第二号証の契約書の内容をそのまま引続いで作成されたものであること、

(ホ)、もつとも、乙第二号証の契約書三条には、「乙(合資会社鉄谷商店のこと)は、専ラクロノス印チタン白販売ニ努力シチタン工業株式会社以外の同種製品ノ販売又ハ仲介ヲ絶対ニ為サザルコト」と記載されているのに対し、乙第一号証の一の契約書三条には「乙(原告のこと)ハ専ラクロノス印チタン白ノ販売ニ努力スルモノトス」とのみ記載されていて、乙第二号証の契約書のように、チタン工業株式会社以外の他社製造にかかる同種製品の販売又は仲介を絶対にしない旨の記載はないけれども、右は、当時、乙第一号証の一の契約書の作成に携つた被告の担当役員の小川進が、「乙(原告)ハ専ラクロノス印チタン白ノ販売ニ努力スルモノトス」ということは、とりもなおさず、チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタン以外の他社の製造にかかる同種製品の酸化チタンの販売をしないことを意味するものであつて、右文言の外に、「チタン工業株式会社以外ノ他社ノ製造ニカカル同種製品ノ販売ヲナサザルコト」との文言を記載することは、同一のことを重視して記載することになると考えたところから、乙二号証の契約書三条の後段に記載されていた文言を削除して乙第一号証の一の契約にはこれを記載しなかつたものであること、したがつて、乙第一号証の一の契約書三条に、「乙(原告のこと)ハ専ラクロノス印チタン白ノ販売ニ努力スルモノトス」とあるは、訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンのみを販売し、それ以外の他社製造にかかる同種製品の酸化チタンは、これを販売しない趣旨であり、原告がこれに違反すれば、被告は催告なしで何時でも右契約を解除し得る約定であつたこと(乙第一号証の一の契約書九条参照)、

(ヘ)、そして、原告はその後も引継き、右継続的な売買取引契約に基づき、被告から訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンを買受けてこれを他に販売していたが、昭和四九年五月頃までの間において、原告が右チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタン以外の国内の他社製造にかかる酸化チタンを他から仕入れてこれを販売したようなことは現実になかつたこと、

以上の如き事実が認められ、〈証拠判断、省略〉

してみれば、原告と被告との間における本件クロノスチタンの継続的な売買取引契約には、原告は、訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンのみを販売し、それ以外の他社製造にかかる同種製品の酸化チタンを他の業者から仕入れてこれを販売しない旨の特約があり、かつ、原告が右特約に違反したときは、被告において、何らの催告も要せず何時でも右取引契約を解除できる旨の特約があつたものというべきである。

2、もつとも、原告は、乙第一号証一の契約書三条には、「乙(原告のこと)ハ専ラクロノス印チタン白ノ販売ニ努力スルモノトス」と記載されているのみであつて、それ以外のことは記載されていないから、右文言からみても、原告がクロノスチタンと同種の他社製造にかかる酸化チタンを他の業者から仕入れてこれを販売することを禁止する旨の特約はなかつたと主張している。しかしながら、(1)、乙第一号証の一の契約書は、前記1に認定した通り、乙第二号証の契約書の内容を慨ね踏襲したものであるところ、当時、乙第二号証の契約書三条に定められているチタン工業株式会社の製造にかかるクロノスチタン以外の他社製造にかかる酸化チタンを販売しない旨の明文の特約を改めて、被告が右他社の製造にかかる酸化チタンの販売をすることを認めなければならないような合理的事由の存在については何等の立証もないし、(2)、また、前掲乙第一号証の一によれば、同号証の契約書は、その冒頭に記載されている通り、チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンの販売について原被告間に作成された契約書であるから、同契約書三条に、「乙(原告のこと)は、専ラクロノス印チタン白ノ販売ニ努力スルモノトス」とあるは、チタン工業株式会社の製造にかかるクロノス印チタン白(クロノスチタン)のみを販売し、右以外の他社製造にかかる同種製品の酸化チタンの販売を禁止しているものと解するのが合理的であるし、(3)、さらに、右乙第一号証の一の契約書二条では、被告は、自づからチタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンの取次販売店を、同条記載の原告外六店以外には、みだりに増加しないことを約していることが認められるのであつて、以上の(1)ないし(3)のような諸事情に、前記1の冒頭に掲記の各証拠を綜合して考えれば、乙第一号証の一の契約書三条は、前述の通り、原告と被告との間における本件クロノスチタンの継続的な売買取引契約につき、前記1に認定の特約を定めたものであつて、右売買取引契約には、前記認定の特約があつたものと認めるのが相当である。

3、次に、原告は、原告が訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタン以外の他社製造にかかる同種製品の酸化チタンの販売を禁止する旨の前記特約は、独禁法二条七項四号、一般指定の七に該当するから、当然無効であると主張している。しかしながら、ある特定の商品について、これを他の業者から仕入れて販売することを禁止する旨のいわゆる排他的供給契約(排他的特約店取引契約)が締結された場合であつても、それが必ずしも公正な競争を阻害する虞れのない場合もあり得るから、本件において、前記の如く被告がクロノスチタンと同種の他社製造にかかる酸化チタンを他の業者から仕入れて販売することを禁止する旨の特約がなされたからといつて、そのことのみから直ちに右特約が独禁法二条七項四号、一般指定の七に該当するものとは認め難いし、また、原告主張の如く、被告において、その取引上の地位が原告に優越していることを利用し、原告に不利な条件をもつて取引することを強制する目的で、右特約が締結されたとの事実を認め得る証拠はなく、他に右特約をしたことが独禁法七条二項四号一般指定の七に該当するものであることを認め得る証拠はない。

却つて、前記1に認定した事実に、〈証拠〉によれば、次の如き事実が認められる。すなわち、被告が、その取次販売店に販売する訴外チタン工業株式会社製造のクロノスチタンの市場占有率は、日本全国の販売高のわずか五パーセントないし七パーセントに過ぎないのであつて、原告が被告以外の他の業者からこれを仕入れて販売することはそれ程困難なことではないこと、その上、一般の工業薬品類の販売を業とする原告が、他の業者から仕入れて販売することを禁止されていたのは、訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンの同種と他社製造にかかる酸化チタンのみであつて、それ以外のマビコ酸化鉄やその他の工業薬品類を販売することは、何等禁止されていなかつたこと、次に、被告が原告に売却していた本件クロノスチタンの販売数量については、予め指定しておらず、原告の注文に応じて、被告がその都度原告の注文する数量を販売していたものであること、被告は、自づからその取次販売店の数を原則として原告を含めて七店に限定し、みだりにこれをふやさない旨約していたこと、本件クロノスチタンの継続的な売買取引契約の契約期間は一年であつて、原告は、右期間が満了したときは、何時でも右取引契約を解消することができたこと、以上の如き事実が認められる。そして、以上の如き諸事実からすれば、前記特約は、独禁法二条七項四号に定める相手方の事業活動を不当に拘束する条件とは認め難く、また、一般指定の七に該当するものとも認め難いのである。よつて、右特約をしたことが、独禁法二条七項四号、一般指定の七に該当するから無効であるとの原告の主張は失当である。

4、次に、原告が、昭和四九年七月頃以降訴外チタン工業株式会社製造にかかるクロノスチタンと同種製品の訴外東北化学株式会社製造にかかる酸化チタンの販売をしていたことは当事者に争いがないところ、右事実に、証人佐野好古、同小川進の各証言、及び、原告代表者本人尋問の結果(但し、後記信用しない部分は除く)、並びに、弁論の全趣旨を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、原告は、昭和四九年三月頃に至り、訴外東北化学株式会社製造にかかる酸化チタンを仕入れてこれを販売しようと考え、被告にその旨の了解を求めたが、被告がこれを拒否したこと、しかるに、被告は、その後同年五月ないし七月頃から前記被告との特約に反し、右東北化学株式会社製造にかかる酸化チタンを仕入れてこれを販売するようになつたところ、同年一〇月頃にこれを知つた被告は、被告方の化学品本部長の佐野好古が、その頃原告方を訪れ、原告の代表者に対し、右東北化学株式会社製造にかかる酸化チタンの販売を中止するよう申入れて、右契約違反の行為を止めるよう催告したが、その後も原告の方でこれに応じなかつたので、被告は、昭和五〇年八月四日、前記特約違反を理由に、本件クロノスチタンの継続的な売買取引契約を解除すると共に、原告の右不信行為を理由に、マビコ酸化鉄の継続的な売買取引契約をも解除する旨の意思表示をしたこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する前掲甲第一号証の記載内容、証人富山仙之助の証言、原告代表者本人尋間の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

5、してみれば、原告が、前記東北化学株式会社製造にかかる酸化チタンを販売したことは、原被告間の前記特約に違反するものであつて、被告が、原告の右特約違反の行為を理由にしてなした本件クロノスチタンの継続的な売買取引を解除する旨の前記意思表示は、有効というべきである。そしてまた、原告が前記クロノスチタンに関する特約違反の行為をしたこと、特に、被告から右特約違反の行為を中止するよう催告を受けたにも拘らず、これを無視して、前記の如く、訴外東北化学株式会社製造にかかる酸化チタンを他から仕入れてこれを販売していたことは、当時、原被告において、右クロノスチタンの取引と共になされていたマビコ酸化鉄の継続的な取引における被告の信頼を破壊する不信行為というべきである。したがつて、被告は、原告の右不信行為を理由にマビコ酸化鉄についての継続的な売買取引契約も適法に解除できるものというべきであるから、右マビコ酸化鉄の継続的な売買取引契約について被告のなした前記契約解除の意思表示も有効というべきである。

三そうだとすれば、原告と被告との間における本件クロノスチタン及びマビコ酸化鉄の継続的な売買取引契約は、昭和五〇年八月四日限り適法に解除されたものというべであるから、右同日以降、被告が右クロノスチタン及びマビコ酸化鉄の原告に対する出荷を停止し、これを原告に売却しなかつたことについては、被告に債務不履行の責任はないというべきである。

四よつて、被告の右債務不履行を前提とした原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文の通り判決する。 (後藤勇)

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